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わたしのへそから漏れたもの

鏡を見て、にっと笑う。

どこのどういう筋肉が、どんなふうに動くか

形状と感覚を感じられる全ての感覚に記憶する

 

形状記憶

 

悲しいこと、辛いことは人生において大半の割合を占めているのかもしれない

 

でも、それを小さく丸めてポイっと捨てることが出来るのだ。

わたしたちは。

 

それは幸せを見つけるという行為のひとつなのかな。

すてきだ。

 

2019年はわたしにとって、2015年ぶりの激動の年になっている。

(2019/5/29,22:15時点で)

 

成人してからは話す機会も少なくなった父が他界した2015年の夏。

54歳。

(口数は少ないけれど突拍子もなく破天荒な姿もみせる、わたしはいろんな考え方や遊びを父に教えてもらった。)

 

とても変な話だけれど、『わたしだけは泣くまい』と歯を食いしばって見送った夕暮れのあの時から、なんとなくカラダのどこかが上手く機能しなくなった。

 

それからの時間たちは

『生き続ける限り置いて行かれることはない。さぁさぁ』

とグイグイ右手やら左手やらを引っ張り、それぞれのことに少しのラグを感じさせながら2019年までわたしを引っ張ってきてくれた。

 

のに。それでも寂しさのような、また逢いたいような複雑な波が満ちたり引いたりするの。

きっとこの感覚はわたしが死んでしまうまで消えることは無くて。

時間はどこか解決してくれて、時間はどこも解決はしてくれないまんま。

1年、また1年と歳が近づいていく。

 

でももうこれで良い。

それで良いよね。

やっとだ。ここまで。

泣いても良いような気がして、そうすることでやっとうまく機能しない細胞まで酸素が届いた気がする。

あっという間で長かった。

 

 

そして今、病院のベッドの上にいる。

“58マスモドル”

せっかく浮上したのに、ガツンと落とされる。

いや~、落とすねぇ

 

『生きることは劇的だ!』とか

『人生はジェットコースターみたいだ』とか

頭の中を反芻してるこの言葉はダレのものだっけ?

すっかり励まされてしまうくらいこの言葉が今、しっくり来ている

 

「どうしてわたしはここに居るんだろう。どうしてわたしだったの?悲しい。」

つま先から髪の毛の先々まで感情がざらりざらりと体中をはいずりまわって「またかよ」と細胞が腐りそうになる。

 

けれどもしかし、だ。

泣いても良いと自分を甘やかせるようになったわたしは上手に息を吸えるようになって、腐りそうな細胞にきちんと酸素を与えてあげられるようになった。

悲しくてやりきれなくていいんだよ。

 

だって、誰でも悲しい。

誰もがどこか悲しい。

悲しくない生き物はいない。きっと。

ミジンコも、プランターで間引きを待つ大葉の苗たちも、見つかることの無い縄文土器も、白川郷の合掌造りの集落も。

きっとみんなどこか悲しいのだ。

 

それで悲しくて良い。

必要なもの・ことはこの身に降りかからないように出来てる。

 悲しいことは怖いことでも、要らないものでもない。

 

今日の朝鏡に映した笑顔を忘れても、忘れられないことは必ずあって、そしてそれも少しずつ形を変えてしまう。

 

けれども『大事なものは色あせても大切』、みたいな言葉はそういう事なんだろう。

 

未来を思うとため息が出ちゃうくらい未知なやること満載で怖いけれど。58マスモドッテしまったけれど。

やるしかないのである

 

この世は舞台だから、わたし役をとことん全うしてやらないと損だわい。

 

あーめんどくせ。

まずは早く身体を回復させよう

 

強制的に健康にさせられて複雑な気分だ。

 

 

 

ほはー、頭ん中の文字を出したらスッキリ。

 

おしまひ